泣きたくなるほど嬉しい日々に

2018年9月26日(水)発売

クリープハイプ

今今ここに君とあたし

クリープハイプが全国ライブハウスツアー『今今ここに君とあたし』を開催し、12月4日、広島『BLUE LIVE HIROSHIMA』にてファイナルを迎えた。本ツアーは、10月4日の金沢『EIGHT HALL』を皮切りに、全国19都市23公演をまわってきたもの。本記事では、11月15日に東京・新木場『STUDIO COAST』で行われた16本目の公演レポートをベースに、ツアー全体を振り返る。

2018年のクリープハイプは、オーディエンスに余韻を与えるバンドになった
2018年のクリープハイプをざっくりとおさらいすると、1月から2月にかけては全国ホールツアー『今からすごく話をしよう、懐かしい曲も歌うから』があり、5月には4年振り2度目の日本武道館公演『クリープハイプのすべて』があった。夏は精力的にフェスに出演し、9月には5枚目のフルアルバム『泣きたくなるほど嬉しい日々に』をリリース。そして10月から本ツアーが始まっている。
一年中ライブをやり続けながら最高傑作と言えるアルバムをリリースしたことに改めて驚かされるわけだが、一方では、尾崎世界観(Vo.)が朝のニュース番組やゴールデン帯のバラエティ番組に出演したり、文芸誌での対談連載が開始されたり、あるいはあらたな小説が出版されたりするなど、音楽以外の活動も好調で、その勢いは止まる気配がない。
こう書くと、まるでブレイク中の若手のように見えるだろうし、ライブもそのような勢いで行われたと思われそうだが、ちょっと違う。勢いだけで押していく若手の段階はもう終わり、クリープハイプは次の段階に入った。どうなったかというと、余裕と自信を感じさせ、オーディエンスに深い余韻を与えるバンドになった。
嫌なことは過去になり、今が楽しい思い出になる
いつものように、薄明かりが照らすステージに小川幸慈(Gt.)、小泉拓(Dr.)、長谷川カオナシ(Ba.)が現れ、遅れて尾崎が登場する。拍手のなかでスタンバイする4人の姿が、ステージと客席のあいだに貼られた紗幕の向こう側にぼんやりと、しかし確かに見える。尾崎がゆっくりとペットボトルの水を口にふくむ。喉を鳴らす音が聞こえてきそうなほどフロアはしんとしている。照明が消えた。何も見えない。次の瞬間、何かが弾けた。小泉がドラムを叩きつけたのだった。と同時にステージが照らされ、紗幕が落ち、4人で演奏される『イト』の印象的なイントロがはじまった。
この時フロアがざわついていたのは、最初の一音があまりにも見事に決まったからなのか、それとも、従来ならば終盤のピーク時に演奏されていた『イト』が1曲目だったからなのか。いずれにせよ目の覚めるような一発でライブはスタートし、それまで和やかだったフロアは一変して異世界へと変わった。
「いろんなことがあって今日ここに来てくれていると思う。嫌なこと、悲しいこと、腹が立つこと。それらは全部、過去になりますから。いや、過去にしますから。今を楽しい思い出にしますから」
そう尾崎がゆっくり話し始めると、あちこちで大きな歓声が起き、指笛が鳴った。
本ツアーのタイトル『今今ここに君とあたし』はアルバム収録曲のタイトルをそのまま使用したものだが、「今今」と2度も「今」という言葉を使って強調しているのは、「いろんなことがあっても、今を楽しい思い出にする」という尾崎の考えにもとづくものだろう。
過去は変えられない。しかしわたしたちが生きているのは過去ではなく「今」であり、「今」を楽しいものに変えることによって未来がつくられていく。そうして積み重ねた先の未来から振り返った時、きっと過去は「楽しい思い出」であふれているだろうし、その楽しさは、かつての怒りや悲しみの量や強さを上回っているかもしれない。だから「今」が重要なのであり、「いつだって今が面白い」。そんな姿勢が、冒頭のMCに現れているようだった。
「泣きたくなるほど嬉しい日々」を噛みしめるように
MCからの流れで『今今ここに君とあたし』『君の部屋』『寝癖』『おばけでいいからはやくきて』と序盤は進んでいく。小川は細かいフレーズをいつにも増して小気味良く鳴らし、カオナシと小泉は互いに見合って息を合わせながら強い音を出す。3人の安定した演奏を背に、尾崎はステージを左右に動き回り、アグレッシヴにギターをかき鳴らす。
中盤では、本ツアー、そしてアルバムのキーでもあるだろう『泣き笑い』や『一生のお願い』も披露された。『泣き笑い』は全国ホールツアーにて「新曲」として披露されていた曲であり、『一生のお願い』はNetflixの恋愛リアリティ番組の主題歌として書き下ろされた曲でもある。アルバム曲のなかでも早くから公開されていたこともあってか、フロアの熱気もいちだんと高まったようだった。
しかしその熱気は、大声を出して飛び跳ねたり涙を流して聴き入ったりするような熱気とは少し違う種類のものだった。言うならば「泣きたくなるほど嬉しい日々を噛みしめる」といった感じの聴き方、だろうか。オーディエンスは自然に身体を揺らし、それぞれのやり方で音楽を味わっているようだった。後述するが、嬉しさや楽しさを噛みしめることは、2018年のクリープハイプを語るうえでひとつのキーワードになる気がする。
増える男性ファン
中盤以降は、『週刊誌』『鬼』『金魚(とその糞)』『身も蓋もない水槽』など攻撃的な曲を続けた。これらの曲では、オーディエンスは手をあげ、その手を叩き、身体を縦に揺らしていた。特に『社会の窓と同じ構成』では、手をあげて飛び跳ねるオーディエンスが大きなうねりとなってフロアに渦をつくっていた。
そして『HE IS MINE』。この曲には、中盤でオーディエンスが「SEXしよう!」と叫ぶおなじみの箇所がある。その叫びはこれまでほぼ女性の声で構成されていた。数千人、数万人の女性が「SEXしよう!」と嬉しそうに叫ぶ光景は他では見られないものだったが、本ツアーではそこに男性の声がかなり混じっていた、ということは言及しておくべきだろう。リスナーの母数が増えていることを示すひとつの指標かもしれない。
天井とステージ奥に設置された2つのミラーボールが細かい光を乱反射させるなか『蛍の光』で終盤を始めると、『愛の標識』『オレンジ』といった人気曲でたたみかけていく。そしてラストは『栞』。さくら色のまぶしい光のなか、日本武道館公演のように花びらが舞うことはなかったが、きっとステージからは、鳴りやまない拍手が花のように見えていたことだろう。
「くだらない話をいつまでもしたい。そういう関係でいたい。今日はバカっぽいライブができて幸せでした。本当にありがとう」
終演後、フロアからは「ありがとう」という声が次々と飛んだ。
終演後の長く深い余韻
全体として、曲ごとの余韻を長めに取っていたのが印象的だった。無駄な煽りや作り込まれた嘘くさいMCは当然なく、ただただ良い楽曲と良い演奏があり、バンドとオーディエンスの親密なコミュニケーションがあった。こうしたライブのあり方は、近年のロックフェスが持つある種の軽薄さに対するカウンターかもしれない。
また、本ツアーでは、すべての会場でアンコールが行われなかった。これは、当たり前のようにアンコールがあることに対するバンド側からの問題提起でもある。
このようなスタンスのライブができること自体に、現在のクリープハイプの実力と人気、そして今年の好調さを見ることもできるし、ほのかに漂い始めたベテランの風格を感じとることもできるかもしれない。
そしてこうしたスタンスだからこそ、深い余韻もうまれる。「余韻」は、いつの間にか本ツアーのトピックのひとつになっていた。新木場の公演だけではなく、どの会場でも、終演後にはライブの余韻についてのコメントがSNS上にあふれていた。
しかしこれも偶然うまれたものではない。ここにたどり着くまでには、全国ホールツアーや日本武道館公演という「楽しい思い出」があった。その上で『泣きたくなるほど嬉しい日々に』という、幸福な5thフルアルバムがあった。そうした楽しさや幸福をしっかり幸福として噛みしめることが、今年のクリープハイプにとってのひとつのテーマだったのではないだろうか。
幸せとは、よく噛み締めて味わうものだ。それは多くの場合、本ツアーのように長く深い余韻をともなう。この幸せな余韻は、『こんな日が来るなら、もう幸せと言い切れるよ』と題された追加公演へとつながっていくだろう。
「一生のお願い」をしよう
最後に、アルバム『泣きたくなるほど嬉しい日々に』収録曲であり、本ツアーでも中盤に披露された『一生のお願い』という曲について少しだけ述べたい。
この曲の面白いところは、「一生のお願い」という、いかにも重いテーマについて歌っているにもかかわらず、その内容がほんのささいなことに当てられている点にある。一般的に、「一生のお願い」という言葉を使う場合、わたしたちは何か重大な頼みごとを想定しているだろう。しかしこの曲は「そこのリモコン取って」「加湿器に水入れて」といった、ちょっと拍子抜けしてしまうくらいささやかな日常の一コマを「一生のお願い」だと言っているのだ。
この歌詞にはどんな含意があるのだろう? 答えはもちろん、続く歌詞のなかにある。
「一生に一度じゃなくて 一生続いていく」
このフレーズがすべてを物語っているのでこれ以上付け足すことはないのだが、しいて言うならば、一生続いていくお願いをできる相手とはいったい誰なのか、ということについて考えてみたい。それはもちろん、よっぽど信頼している大切な誰かであるだろう。
言うまでもなく、このフレーズは歌詞であって日記ではない。不特定多数の誰かに伝えるためのメッセージであり、他人に読まれる(聴かれる)ことを前提とした文(歌詞)だ。では、不特定多数の誰かとは誰なのか。作者が伝えたい相手とは誰なのか。それはこの曲を聴いた人たちであり、クリープハイプのファンである。
つまり作者は、このシンプルなフレーズを通して、わたしたちにお願いをしているのだ――そう解釈することもできる。
そして「一生に一度じゃなくて 一生続いていく」お願いがよっぽど信頼している大切な誰かに対するものだとするならば、作者にとってわたしたちは「よっぽど信頼している大切な誰か」なのだ。つまりこの曲からは、作者が持つわたしたちに対する強い信頼と、ともに歩んでいく未来のヴィジョンが見てとれる(そしてそのヴィジョンは、2018年のはじめに行われたホールツアー『今からすごく話をしよう、懐かしい曲も歌うから』からすでに明確に打ち出されているものでもあった)。
さて、それでは、それほどまでに信頼してくれているのならば、逆に、わたしたちからもバンドに「一生のお願い」をしても良いのではないか?
ささやかだけれど、よっぽど信頼している相手にしかできないお願いを。「一生続いていく」日常の一コマのようなお願いを。
それはどんなお願いだろう?
いくつか考えられるだろうが、きっと多くの人に共感してもらえるであろう本質的なお願いをひとつここに記して、本レポートを締めたい。
一生のお願い聞いて クリープハイプの曲、もっと聴かせて

文・山田宗太朗

Photo by TAKESHI SHINTO

■セットリスト

1.イト
2.今今ここに君とあたし
3.君の部屋
4.寝癖
5.おばけでいいからはやくきて
6.かえるの唄
7.グレーマンのせいにする
8.泣き笑い
9.一生のお願い
10.大丈夫
11.ラジオ
12.禁煙

13.色んな意味で優しく包んでくれますか?
14.週刊誌
15.私を束ねて
16.鬼
17.金魚(とその糞)
18.身も蓋もない水槽
19.社会の窓と同じ構成
20.HE IS MINE
21.蛍の光
22.愛の標識
23.オレンジ
24.栞



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