いつかこの糸が千切れるまで

今は踊れ手のひらで

クリープハイプ

クリープハイプのすべて

クリープハイプが5月11日(金)、4年ぶり2度目の日本武道館公演『クリープハイプのすべて』を開催した。チケットはソールドアウト。超満員のファンの前で圧巻のステージが披露され、2年ぶりのアルバムリリースと、全国23カ所のライブハウスツアーを開催することも発表された。本稿では、当日の様子をレポートする。

爆笑で始まった2度目の武道館
270°バックステージまでオーディエンスで埋まった超満員の武道館。まずはステージ上の大スクリーンにメンバー出演の様々なTVCMのパロディ映像が流れ、フロアからは次々と笑いが起こった。特に、クリープハイプ初のCMタイアップ曲となった『憂、燦々』が流れる資生堂アネッサのパロディに出演した蒼井優、ではなく小泉拓(Dr.)の仕上がり具合と、「もう、後悔したくないから」というセリフにはいろんな意味で味わい深いものがあり、会場は爆笑の渦に引き込まれた。
笑いの余韻のなか、小川幸慈(Gt.)、長谷川カオナシ(Ba.)、小泉拓が現れ、やや時間をおいて尾崎世界観(Vo. & Gt.)が登場。尾崎が「今日は何でもないただの日だ。そんな日を最高にしましょう。よろしくお願いします」と言うと、大きな歓声が起きた。そうしてライブは『ねがいり』からスタートした。
この曲は、インディーズ時代の1stアルバム『ねがいり』の表題曲であり、クリープハイプにとってはじまりの曲。丁寧な演奏で、会場は穏やかな雰囲気に包まれる。1曲目からぶち上がるライブも確かに楽しいかもしれないが、ただぶち上がるだけのライブは若手に任せておけばいい。それよりも、バンドのはじまりをしっかりと感じさせる曲が1曲目には必要だった。なぜならこれは『クリープハイプのすべて』なのだから。
そして2曲目には、もうひとつのはじまりの曲である『寝癖』が選ばれた。ユニバーサルシグマへのレーベル移籍第一弾シングルとして発表された曲であり、前回の日本武道館2Days公演にて1日目のダブルアンコールで初披露された曲でもある。あの時、彼らは怒りのただなかにいた。あれから4年。いまやすっかり彼らの代表曲として定着したこの曲を穏やかに歌い出せたことで、本当の意味で、ようやく彼らの日本武道館公演がはじまったと言えるのかもしれなかった。
初期の代表曲から人気曲まで
「今日はクリープハイプのすべてを見せなきゃいけないから、ダラダラしているヒマはありません」
尾崎の言葉通り、『おやすみ泣き声、さよなら歌姫』『オレンジ』『エロ』などがたて続けに披露される。オーディエンスはバンドの演奏に見入り、聴き入り、息を呑んで次の曲を待つ。この現象は「クリープハイプあるある」のひとつと言えるかもしれない。曲・歌詞・演奏力すべてのクオリティが高いため、つい力を入れて見入ってしまうわけだが、そのおかげで会場に妙な緊張感がうまれることもある。そうした空気を察知した尾崎が「『尾崎さーん』とか言っても良いんだよ?」と言うと、武道館は一気に笑いと黄色い声援に包まれた。これ以降、曲が終わるたびに数千の「尾崎さーん!」という声が飛び交い続けることになる(そしてときおり挟まれる「ユキチカー!」という野太い声のあとは、なぜかいつも笑いが起きた)。
「こっちから突かないと動かないから、激しいバンドのファンに押されるんだよ。そんな感じだから『序盤は硬かったが、徐々に緊張感もほぐれ……』とかしょうもないライブレポートを書かれるんだよ」
皮肉とユーモアを交えてそう語ると、さらに大きな笑いと拍手が起きた。当たり前のことだが、クリープハイプには「序盤は硬かったが〜〜」のようなしょうもないライブレポートは必要ない。だがあえて言うならば、確かに序盤には、オーディエンスの緊張感というものが多少あったかもしれなかった。その緊張感は、4年ぶり2度目の武道館公演に対するファンの想いの強さが反映されたものだっただろう。クリープハイプがどのような道を辿って日本武道館に帰ってきたのかを多くのファンが知っているからだ。そうした一人ひとりの想いの積み重ねが、ある種の緊張をうみ、それを尾崎が理解していたからこそ、こうしたコミュニケーションがうまれたのだった。
「世の中がなかったことにしていることをクリープハイプは歌います」
『左耳』『ABCDC』といった初期の代表曲、カオナシがリードボーカルを取る『火まつり』、彼のファルセットが美しく響く『鬼』などが続くと、『おばけでいいからはやくきて』がライブ初披露された。NHK『みんなのうた』2月〜3月オンエア曲として書き下ろされたこの曲は、AC部によるシュールな映像との奇妙なマッチでも話題を呼んでいたが、バンドによる演奏は、やはりシュールというよりはロックという言葉の方が合う。独特の哀しさを感じさせるメロディーは軽快なグルーヴによってむしろ楽しさを感じさせるし、身体を揺らせたくもなる。小川のギターソロも大きな見せ所だった。
『ウワノソラ』では強いディストーションとミラーボールによる光の乱反射が非日常的な空間をつくり出し、『さっきはごめんね、ありがとう』では大量のスモークバブルが舞い、ライブはすでにクライマックスのようなムードに。そのスモークバブルが消えないうちに『ボーイズENDガールズ』『大丈夫』と、尾崎が高知で先日行った弾き語り路上ライブを思い出させる流れのなか、後方のスクリーンには、高知の商店街や居酒屋など日常の何気ない風景が映し出された。
「世の中がなかったことにしていることを、クリープハイプは歌います」
この素晴らしいMCのあとに演奏された『明日はどっちだ』では、映像作家・エリザベス宮地が4年前に高知の電車内から撮影したという朝焼けの映像も流れた。朝になる直前の時間帯は、1日のうちでもっとも暗いそうだ。その深い闇を経てようやく訪れる朝焼けと、電車内から見える長い線路は、曲の内容と見事にシンクロしていて、まるでクリープハイプの過去と未来を暗示しているようだった。明日はどっちだ? 明日は、前にしかない。
更新される代表曲
ライブ後半は怒涛の展開だった。『イノチミジカシコイセヨオトメ』『手と手』『ラブホテル』『憂、燦々』など、原点と言える曲を続けた上で、さらに「ヒット曲を連発してとどめを刺します」と尾崎が宣言。
『HE IS MINE』と『社会の窓』では1万人超えの「SEXしよう!」と「(社会の窓の中でイク 夜は窮屈すぎて)最高です!」という叫び声が響き渡り、こうした1万人以上の欲望は神聖な日本武道館の高い天井めがけて昇天していった。これらはテッパンの2曲だったわけだが、最後は尾崎による「愛してる」という歌詞で終わるのがニクい(「SEXしよう!→最高です!→愛してる」)。
以前までならここでライブを終えても良かっただろうが、現在のクリープハイプには、それらを越える新しい代表曲がある。それが『イト』であり、『栞』だった。
特に、本編ラストを飾った『栞』へのオーディエンスの期待は凄まじく、尾崎が「今から『栞』という曲を歌います」と言い終わるが早いか、フロアからは悲鳴のような歓声が起き上がった。
『FM802 × TSUTAYA ACCESS!』キャンペーンソングとして尾崎が書き下ろしたこの曲は、尾崎のほか、あいみょん、片岡健太(sumika)、GEN(04 Limited Sazabys)、斎藤宏介(UNISON SQUARE GARDEN)、スガシカオを加えたRadio Bestsellersというユニットによって歌われる。大阪のラジオ局でしか流れていないのに、4月22日にYouTubeに投稿されてからたった2週間で220万回以上も再生されている(4月28日より全国のTSUTAYA店舗にてレンタル開始)。
「自分たちのバンド以外のところで流行っています。ちょっと悔しいです」
というわけで、クリープハイプver.の『栞』が東京では初めて披露された。Radio Bestsellersと違ってすべてのパートを尾崎が歌うだけではなく、アレンジも少し異なる。いかにもクリープハイプらしい小川のギターリフと、カオナシと小泉によるリズム隊の力強さ。Aメロが始まると自然に手拍子が起きる。その手拍子が踊っている。もうすでに、立派に“みんなのうた”になっているというわけだ。
フロア前方からは大量の紙吹雪がたえまなく吹き出され、上空にあがり、ひらひらと舞った。やがて歌詞の通り、散った桜で日本武道館の地面にはいくつもの花が咲いた。
2年ぶりのアルバムと、全国23カ所ライブハウスツアー
アンコールに登場すると、MCもなくショートソング『なぎら』を演奏。この曲は5thシングル『エロ/二十九、三十』初回限定版のみに収録されていて、ライブでもあまり演奏されたことがないレア曲。多くのオーディエンスが意表を突かれたのではないだろうか。大人に裏切られて心に空いた穴が大きくなっていく、という内容は、なにか含みがあるような気がするが、彼らが曲の内容に触れることはなかった。
その代わり、9月に2年ぶりのアルバムがリリースされることと、10月に全国23カ所のライブハウスツアーが開催されることの2つがアナウンスされた。
「何も言うことがないくらい楽しい。今日は幸せな武道館でした。このメンバーでこのバンドをやっていて良かった。次のアルバムは本当に大事な作品になります。このアルバムのためにいろんなことがあったんだなと思うと、全部チャラにできます。期待してください。最後は、前に進んで終わります」
そうして大歓声のなか、『二十九、三十』で締めた。彼らはもう、過去なんか見てはいなかった。
「死ぬまで一生愛されてると思っていても良いですか?」
それでもアンコールは鳴り止まない。再々登場した尾崎の「もうちょっとやらせてください」という言葉に、大歓声が起きる。
ダブルアンコールは『愛の標識』。2012年に「死ぬまで一生愛されてると思ってたよ」というフレーズでシーンに登場したクリープハイプは、2018年、「死ぬまで一生愛されてると思って“る”よ」という肯定的な現在形で自然に歌うことができるようになった。たった1文字の違い、されどその1文字には、気の遠くなるほどの「いろんなこと」が反映されているはずだ。
だからこそ、多くのオーディエンスの心のなかには「死ぬまで一生愛“し”てると思ってるよ」と、さらに1文字変えたフレーズが浮かんでいたことだろう。
エンディングSEに『栞』(クリープハイプver.)が流れるなか、メンバー4人で手を組んで挨拶、さらには尾崎を残して数秒間のアルバム発売、ツアー開催が映し出されたスクリーンの撮影フリータイムを設けるなど、最後まで幸福なムードで2度目の武道館公演は閉じられた。アンコール含め全27曲、約2時間半。おそらく武道館にいた多くの人が感じていただろうが、体感的には一瞬と感じられるほどあっという間に時間が過ぎてしまった。それほど濃密なライブだった。
武道館公演を「何でもないただの日」と言えるバンド
あらためて、1曲目に入る前のMCを振り返ってみたい。
「今日は何でもないただの日だ。そんな日を最高にしましょう」
この言葉はさりげなく発されたが、よく考えてみれば重要なことだ。武道館公演はもちろん特別なものだし、彼らがこの日のためにどれほどのものを積み上げてきたかは想像に難くない。しかし同時に、この日のライブを観る限り、今のクリープハイプにとって日本武道館公演は「何でもないただの日」であることも確かだったろう。
いつの時代も、流行や勢いに関係なく、当たり前のように日本武道館を満員にするアーティストはいる。それらのアーティストにはしばしば“国民的”という言葉が冠せられる。クリープハイプには、そんな曖昧な言葉よりふさわしい別の言葉がある気がするが、彼らが明らかにその域に入りかかっているということは、現場にいたほとんどすべての人が感じたのではないか。武道館公演という大舞台を「何でもないただの日」に変えてみせたことが、現在のバンドの状態の良さや、彼らをサポートする環境の充実を物語っていた。
この日がクリープハイプの歴史において、これから先何度も参照されるエポックメイキング的な1日であったことは疑いようがない。しかし同時に、ただの通過点にすぎなかったということも事実だろう。最高の通過点を経て、過去最高の状態で、2年ぶりのアルバムと全国23カ所のライブハウスツアーへと向かう。
クリープハイプのすべて
さて、そろそろこの長いレポートをまとめよう。
「本公演は『クリープハイプのすべて』と銘打たれていたが、ポスターやフライヤーには副題として『MAISON DE RAISIN 葡萄館』とも書かれていた。“武道館”という音から“葡萄館”という言葉を連想し、それをフランス語におきかえたシャレというわけだ(MAISON=館、RAISIN=葡萄)。
しかし、歌詞や小説などからも明らかなように、短い文章に複数の意味を込めることを得意とする尾崎のことだ、ここにもうひとつの意味を見出したくもなる。つまり、メゾン・ド・レザンという音からも、また別の言葉を引き出すことができるのではないか。
たとえば、レザン(葡萄)をレゾン(理由)と言い換えてみる。メゾン・ド・レゾン=理由の館。するとこの武道館公演は、彼らが4年間、音楽をやめずに続けてきた理由のひとつだったとも解釈できる。あの日武道館に置いてきた「わすれもの」を取り戻すための4年間だったと。
あるいはもっと大胆に、メゾン・ド・レザンをレゾン・デートル(Raison D’etre)=存在意義、と言い換えてみても良いかもしれない。2度目の武道館は、未来を自力で引きずり出し、みずからの存在意義を証明するための1日だったと。
「帰る場所」であり「変える場所」でもあった武道館。この尾崎の言葉に付け加えるとするならば、クリープハイプは武道館で、他の何にも「代えられない」存在になったことを証明したのではないか。
そしてその証人となった1万数千人のオーディエンスと、惜しくも来られなかった数万人のファンたちは、これからもクリープハイプにとって「代えられない」存在であり続けるだろう。
2018年5月11日。「出し惜しみ無し、全曲《みんなのうた》」で27曲、まるでベストアルバムのようなセットリスト。憎しみではなく、愛という言葉以外に呼びようのない美しい感情に包まれて、『クリープハイプのすべて』が終わった。
そしてここから、ついに本当の意味でクリープハイプのすべてがはじまる。

ライブレポート 山田宗太朗

Photo by TAKESHI SHINTO

■日本武道館公演セットリスト

1. ねがいり
2. 寝癖
3. おやすみ泣き声、さよなら歌姫
4. オレンジ
5. エロ
6. 左耳
7. ABCDC
8. 火まつり
9. 鬼
10. おばけでいいからはやくきて
11. ウワノソラ
12. さっきはごめんね、ありがとう
13. ボーイズENDガールズ
14. 大丈夫
15. 明日はどっちだ
16. イノチミジカシコイセヨオトメ

17. 手と手
18. ラブホテル
19. かえるの唄
20. 憂、燦々
21. HE IS MINE
22. 社会の窓
23. イト
24. 栞

[ENCORE]
25. なぎら
26. 二十九、三十

[ENCORE 2]
27. 愛の標識



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